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5分でわかる名作#14

吾輩は猫である(夏目漱石) 猫は、本当に人間より賢い?|5分でわかる名作 #14

この話の要点

  1. 名前のない猫が教師の苦沙弥の家に住み、人間の暮らしを眺める話です。
  2. 餅の失敗で人に助けられる猫も、立派な理屈を語り、三毛子には失敗を話しません。
  3. 人間を批評する猫自身の見栄と、残りビールから水甕へ至る語りの終わりを考えます。

ほかの言い方吾輩は猫である あらすじ吾輩は猫である 結末吾輩は猫である 登場人物

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解説

この記事は結末まで扱います。 夏目漱石『吾輩は猫である』は、名前のない猫が教師の家に住み着き、人間を観察する小説です。立派なことを言う先生や客を笑うだけでなく、語り手の猫自身も笑いの中に入っていきます。ここでは青空文庫の全十一章の本文を手掛かりに、話の全体と原文への入口をたどります。

30秒で分かるあらすじ

捨てられた猫は、教師の苦沙弥の家に入り、そこで暮らすことになります。本を前に居眠りする先生や、もっともらしい作り話をする友人を、猫は自信たっぷりに批評します。ところが、自分も餅を歯に付けて大あわてし、話し相手の三毛子にはその失敗を言えません。人間たちの縁談や学校との争い、長い雑談が重なった末、三平の縁談を祝うビールが残ります。猫はそれを飲んで酔い、庭の水甕に落ち、脱出を試みた後、死を語って物語を閉じます。

どんな話? 一つの事件を追う小説ではない

猫が事件を解決する冒険ではありません。猫の目を通して、教師の家に集まる人たちの会話や日常の騒動が次々に重なります。縁談はその一つの流れであり、全編の出来事がすべて縁談の解決へ向かうわけではありません。

面白さの中心は、出来事に猫が付ける説明です。小さな失敗にも大きな理屈を持ち出すため、何が起きたかを知ってから読んでも、文章そのものを楽しめます。「吾輩」は自分を指す言い方で、猫の気取った調子を感じさせます。猫の正式な名前ではありません。

登場人物と関係

猫と教師の家、客、縁談の関係図
猫と教師の家、客、縁談の関係図
  • 猫:名前のない語り手。苦沙弥の家に住み、人間や他の猫を批評します。本文では黄みのある淡灰色に黒い斑がある外見を語ります。純黒の猫「黒」とは別です。
  • 苦沙弥(くしゃみ):家の主人で教師。「くしゃみ」と同じ響きの名前です。書斎で本に向かいながら居眠りをする姿や、胃弱を気にする様子が描かれます。ここでは「あだ名」とは決めません。
  • 主人の妻と子どもたち:主人の癖を、家の中から別の目で見ています。妻は客との会話だけでは見えない暮らしの事情を示す存在です。
  • おさん:この家の女中、つまり家で働く女性です。初めは猫を追い出します。餅の場面では、主人の指示で猫の歯から餅を外します。主人の妻とは別人です。
  • 迷亭(めいてい):先生の友人。話が巧みで、もっともらしい作り話をします。写生の話では、先生を信じさせてから後で種を明かします。
  • 寒月(かんげつ):先生の家へ来る若い研究者。金田家の娘との縁談が話題になりますが、後に故郷から妻を連れて戻ります。
  • 金田(かねだ)一家:裕福な家。夫人は娘の縁談の相手として寒月について尋ね、博士の肩書を気にします。娘をめぐる周囲の話と、本人同士の確かな約束は区別して読む必要があります。
  • 鈴木(すずき):主人の旧知で、金田家側とも話す人物。相手に合わせた言い方で、縁談や学校との争いに関わります。
  • 三平(さんぺい):もと先生の家に住んでいた青年。金田家の娘と結婚することに決めたと話し、前祝いのビールを持参します。寒月とは別人です。
  • 東風(とうふう):詩や文学の話に加わる人物。第六章では詩集を示し、座敷の会話を広げます。
  • 独仙(どくせん):主人の心の持ち方や修養をめぐる話に関わる人物。修養とは、心や振る舞いを整えようとすることです。
  • 三毛子(みけこ):赤い首輪と鈴をつけた三毛の猫。猫が会って話すと気が晴れる相手です。第二章で猫は、その死を知ります。
  • 黒(くろ):人力車を引く車夫の家の、大柄な純黒の猫。「車屋」は現代の自動車販売店という意味ではありません。主人公の猫と、体格も模様も異なります。

相関図では、寒月とその妻、三平と金田家の娘を分けました。金田家の娘を寒月の妻としてたどると、終盤の祝いの意味を取り違えてしまいます。

全11章のあらすじ

全十一章の帯。朱色は動画で選んだ主な場面の章
全十一章の帯。朱色は動画で選んだ主な場面の章

章番号は原作の見出しです。動画の場面番号とは違います。朱色の章は動画で主に取り上げた場所で、灰色の章にも家の暮らしや会話を広げる大切な場面があります。

第一章:名前のない猫が、教師の家へ

猫は自分の出生をはっきり覚えていません。捨てられて空腹になり、竹垣の穴から家へ入ります。おさんに何度も追い出されますが、主人が置いてやれと言ったため、住めるようになります。先生が外へ拾いに行った話ではありません。

猫は主人の暮らしを観察します。本を前に眠っている姿を見て、教師は楽な仕事だと考えますが、これは猫の限られた見方です。迷亭はイタリアの画家の教えとして写生の話をし、主人は信じて猫を描きます。後日、迷亭は作り話だったと明かします。画家の本当の名言として読者に教える場面ではありません。車屋の黒との交流もあり、猫は人間だけでなく他の猫にも批評の目を向けます。

第二章:餅で失敗し、三毛子には言えない

正月の食べ残しの餅をかじると、歯に付いて離れなくなります。猫は前足で取ろうとし、後足で立ち上がり、家の人たちに笑われます。その間も、第一から第四までの「真理」を語ります。結局は主人の指示でおさんが餅を外してくれます。

その後、猫は三毛子を訪ねます。三毛子が顔色を心配すると、餅の失敗の代わりに、考え事をして頭痛がしたと説明します。人間を批評する語り手自身にも、自分をよく見せたい気持ちがあるのではないかと読める箇所です。寒月や迷亭の話も続き、日がたった後、猫は三毛子の死を知ります。周囲の非難をそのまま採って、猫が三毛子を殺したという事実にはできません。

第三章:縁談に、博士の肩書が現れる

三毛子を失った猫は寂しさを述べ、人間の世界に近づいたような気分を語ります。主人の文章や家計、寒月の研究など、家に集まる人々の話が続きます。

金田夫人が来訪し、娘の縁談の候補である寒月について尋ねます。そこで気にするのは、博士になるかどうかという肩書です。学問の中身から、世間からどう見えるかへ話がずれていきます。ただし、ここから「博士になれば必ず結婚できる」という確定条件を作ることはできません。

第四章:猫の聞き耳と、鈴木の言い方

猫は金田邸に入り、金田夫妻と鈴木の会話を聞きます。人間が誰の前でどう話すかを、外からの目で眺める章です。猫が策略を止めて人間を救う展開ではありません。

鈴木は主人に対し、「博士になったらやってもいい」と威張っているのではない、と条件の出し方を否定します。それでも、寒月が学位を取れば先方の面目が立つと語り、取得を促します。第三章の夫人の関心と、この説明を分けると、肩書を気にしつつ体裁を整える言葉の動きが見えます。

第五章:泥棒と、盗まれた物の話

夜、家へ泥棒が入ります。猫は主人を起こそうとしますが、うまくいきません。その後には、何が盗まれたかをめぐる主人と妻のやり取りが続きます。

騒動は縁談だけではありません。身近な物をめぐる夫婦の会話にも、猫の大きな説明が重なります。三平も登場し、終盤の縁談につながる人物が見えてきます。

第六章:蕎麦にも詩集にも、長い説明が付く

暑い日の猫の人間評に続き、座敷には迷亭、寒月、東風らの会話が広がります。迷亭は蕎麦の食べ方を説き、東風は詩集を示します。

食べ物、学問、芸術まで、何でも立派な説明の材料になります。その説明を正しい作法や文学理論として学ぶより、説明する人の姿と、話が進む調子を楽しむと読みやすい章です。

第七章:運動する猫、人間を観察する猫

猫は自分の運動について語り、銭湯を見物して人間を観察します。帰宅後は、主人と妻が猫の鳴き声や言葉などを話題にします。

人間を研究するつもりの猫が、人間からは観察される側にもなります。猫の言う人間評を、解説者の保証する一般知識と同じものにしないことが、この章でも大切です。

第八章:学校の生徒と主人が争う

近くの私立中学校、落雲館(らくうんかん)の生徒と主人の間に争いが起きます。騒ぎには金田や鈴木の働きかけもあり、単なる偶然のボール遊びだけで片付けられません。

主人への助言も、人によって方向が異なります。争いそのものと、どう付き合って生きるべきかという人々の勧めを分けると、長い会話の筋をつかみやすくなります。

第九章:修養しても、来客はある

主人は精神の修養を試みます。しかし、人との付き合いが途切れるわけではありません。迷亭の伯父が訪れ、独仙についての話が出て、盗難品が見つかったという知らせも届きます。

心を落ち着けようとする立派な考えと、実際の来客への応対が並びます。理屈だけで日常を整理できない様子を、前の章からの会話とつなげて読めます。

第十章:妻たちの会話と、恋文の相談

妻と雪江(ゆきえ)の会話、保険の話、盗難品を受け取って戻る主人の話などが続きます。生徒の武右衛門(ぶえもん)からは、名を貸した恋文騒動の相談も持ち込まれます。

座敷の男性たちが語る主人像だけでなく、妻たちの側から見える主人にも目を向けられます。枝道を一つの縁談の筋へ押し込まず、それぞれの話し手の見方として読む章です。

第十一章:縁談の行く末と、猫の終点

囲碁と雑談の続く座敷で、寒月の結婚が分かります。寒月は故郷から妻を連れて戻り、金田家の娘との約束を否定します。次に三平が、その娘と結婚することに決めたと話します。三平が持参したビールで皆が祝うのは、この縁談の前祝いです。結婚式や披露会が済んだ場面ではありません。

猫は、呑気に見える人々にも心の底に悲しさがある、と眺めます。これは猫の観察です。主人が胃病で死ぬだろうという見立ても、主人の死を描いた後日談とは違います。その後、猫自身の行動へ語りが戻ります。

結末:猫はどうなるのか

ここからは、猫の死と末尾の言葉を詳しく扱います。

台所の残りビールから水甕へ至る順番
台所の残りビールから水甕へ至る順番

猫は台所で、盆の上の三つのコップを見つけます。そのうち二つに残っているビールを飲み干し、盆にこぼれた分も舐めます。飲んだ後にコップへビールが残ったまま、という順ではありません。

酔って外へ歩き、庭の水甕(みずがめ)へ落ちます。出ようとして足を掛けても滑り、縁に届かず、何度ももがきます。やがて疲れ、抵抗をやめると、語りは苦しさから離れる方向へ変わっていきます。

吾輩は死ぬ。夏目漱石『吾輩は猫である』第十一章、末尾の段落からの抜粋

これは小説の最後の一文ではありません。その後も死と太平について語り、「南無阿弥陀仏」を繰り返し、最後は「ありがたいありがたい。」と閉じます。太平は、ここでは安らかで穏やかな状態を指す言葉です。

落下後に猫は出ようとしています。したがって、「最初から死のうとして自分で飛び込んだ」とあらすじを作り直す根拠はありません。一方、抵抗をやめた後の言葉をどう受け取るかは別の問いです。悟り、諦め、皮肉などの読み方は考えられますが、どれか一つを本文に書かれた事実として確定しません。死を勧める教訓にする説明でもありません。

読みどころ:批評する猫も、見栄を張る

猫の説明と、実際に起きたことを並べた図
猫の説明と、実際に起きたことを並べた図

人間を笑う猫を、単に「人間より賢い」と決めてしまうと、餅の段落の面白さが半分隠れます。猫は自分の困り方まで、大きな発見の材料にするからです。

第二章の第三の「真理」は、追い詰められると普段できないこともできる、という意味です。歯の餅を取ろうとして後足で立てた経験に、猫は大きな理屈を与えます。しかし餅は取れず、最後は人に外してもらいます。説明だけが立派に進み、体は困ったままという落差を、文章の長さごと味わえます。四つの真理を言ったこと自体より、どんな場面でそんな言い方をするかが読みどころです。

三毛子への「考え事で頭痛」という説明も、実際の餅騒動と続けると見え方が変わります。失敗を話さず、考え込む自分を示すことに、見栄を読む余地があります。ただし、餅の最中に真理を語ったのも全部、相手をだますための計画的な嘘だったと決めることはしません。

先生が迷亭の話を信じて写生する場面と、猫が自分の失敗に理屈を付ける場面を並べてみてください。猫と人間を上下に採点するより、似た振る舞いに気づく楽しみがあります。これは本文から試せる読み方の一つであり、作者の意図をこれだけに限定するものではありません。

よくある問い

猫の名前は何ですか?

冒頭で「名前はまだ無い」と語ります。「吾輩」は自分を指す言葉で、正式な名前ではありません。人から「先生」と呼ばれる場面があることと、猫に正式な名前が付いたことも区別します。

大きな事件を一つ解決する話ですか?

猫の観察を通して、暮らしの出来事や会話が重なる話です。縁談、盗難、学校との争いはありますが、全章を一つの事件の解決だけで結ぶと、この小説の会話の広がりを見落とします。

猫は最後に死にますか? 自殺ですか?

猫は酔って水甕に落ち、出ようともがいた末、死を語ります。自分から飛び込んだという記述ではありません。詳しい順番は上の結末の節で説明しました。最後の心の動きの受け取り方と、落下が起きた事実は分けて考えます。

寒月は金田家の娘と結婚しますか?

寒月は故郷から妻を連れて戻ります。金田家の娘と結婚すると話すのは三平です。座敷のビールは三平の縁談の前祝いで、寒月と娘の結婚を祝う酒ではありません。

猫が言うことは全部正しいのですか?

猫は鋭く観察しますが、自分の限られた見方から自信たっぷりに語ることもあります。先生の昼寝、餅の真理、三毛子への頭痛の説明を並べて考えてみてください。作中の医学や外国史の雑談も、そのまま現代の確かな知識として保証するものではありません。

原文のどこから読む?

最初は第一章の書き出しがおすすめです。名前のない猫が、どうやって教師の家へ入ったかをたどれます。その次に第二章の「今朝見た通りの餅が」で始まる段落へ進むと、失敗の間も理屈をやめない猫の語りを楽しめます。

青空文庫は、無料で読める日本文学の電子図書館です。図書カードは、作品の初出や、電子化のもとになった本を調べるページです。大学公開の英訳は全編ではなく、第一・第二章だけなので、結末へは日本語全編とこの解説を入口にしてください。

あらすじと引用の根拠は、上記の青空文庫本文です。本文から確かめられる出来事と、「猫も見栄を張る」という読み方を分けて書きました。挿絵は本文を手掛かりに制作したもので、実在の家や人物の復元ではありません。

出典

動画とこのページで使った事実・数字の出どころです。

  1. 青空文庫で『吾輩は猫である』の全編を読むaozora.gr.jp/cards/000148/files/789_14547.html
  2. 青空文庫の図書カードで初出・底本などを確かめるaozora.gr.jp/cards/000148/card789.html
  3. 大学公開の初期英訳を読む(第一・第二章のみ、訳:Kan-ichi Ando)digitalcommons.unl.edu/zeabook/112
  4. opentracks.com

声・音・絵

  • 声:Irodori-TTS v4.1-Small(日本語、MIT)/Kokoro-82M(英語、Apache-2.0)。シリーズで選定済みの語り手を使用。
  • BGM(OpenTracks):

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