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5分でわかる名作#09

舞姫(森鷗外)豊太郎は、別れを自分で言ったのか?|5分でわかる名作 #09

この話の要点

  1. ドイツで舞姫エリスと暮らした官吏・太田豊太郎が、出世と帰国を選んで別れる話です。
  2. 雪の長椅子に倒れた彼は、大臣に「承はり侍り」と答えた後、数週間目覚めませんでした。
  3. 最後に残るのは、助けてくれた友への感謝と、少しの恨みを並べた一行への問いです。

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解説

ドイツに渡った若い官吏、太田豊太郎は、ベルリンで舞姫エリスと暮らすようになります。けれども大臣のお供で帰国することになり、その約束と承諾は、倒れているあいだに、友人の相澤を通してエリスの知るところとなりました。この記事では、あらすじを順にたどり、最後に、豊太郎の「はい」が本文に何回、誰に向けて残っているかを数えます。ここから結末まで扱います。

事実は、青空文庫の『舞姫』(図書カードNo.682、旧字旧仮名)の本文だけを根拠にしています。引用は旧字のまま短く出し、探す時の目印になる本文の言い回しを添えました。作者本人の体験や、エリスの実在のモデルは、この記事では事実として扱いません。小説として、作中の人物について本文で確かめられる範囲で書きます。

30秒で分かるあらすじ

官命でドイツに渡った太田豊太郎は、教会の扉で泣く舞姫エリスを助け、やがて屋根裏で一緒に暮らします。友人相澤の口利きで大臣のお供に拾われ、ロシア随行と帰国随行を引き受けた彼は、雪の夜に倒れます。数週間後に目覚めると、エリスは相澤から事情を知り、心を病んでいました。帰国の船で、豊太郎は手記を綴り始めます。最後の一行の恨みが誰に向くのかは、このページの最後で、本文の言葉を数えて確かめます。

登場人物

  • 太田豊太郎:19歳で学士となり、某省に勤めて官命でドイツへ渡った若い官吏。帰国の船でこの手記を書く語り手でもあります。本文の出来事は、すべて彼の文を通して届きます。
  • エリス:ヰクトリア座の舞姫。豊太郎には「年は十六七なるべし」と見えた、というのが本文の書き方です(目印「年は十六七なるべし」)。15歳で踊りの師に就き、座では場中第二の地位にいながら、給金は薄かったといいます。父エルンスト・ワイゲルトは仕立物師でした。
  • エリスの母:半ば白髪で、額に貧苦の痕があると書かれる母親。娘の妊娠に最初に気づくのも、相澤の手紙を持ってくるのも彼女です。
  • 相澤謙吉:豊太郎の友人。天方伯の秘書官。豊太郎が免官された時には新聞社の通信員の道を作り、後には大臣へ引き合わせます。
  • 天方伯(天方大臣):豊太郎を翻訳の仕事で見いだし、ロシア随行と帰国随行を持ちかける大臣。本文では「天方伯」「天方大臣」と呼ばれます。

章ごとのあらすじ

『舞姫』に章の区切りはありません。ここでは出来事の段ごとに分け、探す目印の文を添えます。

船の手記

物語は、日本へ帰る船がサイゴンに寄港した夜から始まります(目印「石炭をば早や積み果てつ」)。五年前の行きの船では紀行文を日に何千語も書いて新聞にも載った豊太郎ですが、帰りの日記は「まだ白紙のまま」です。彼は「これには別に故あり」と繰り返し、今夜、その訳を「其概略を文に綴りて見む」と書き始めます。全編は、この手記なのです。

ベルリンの3年

19歳で学士、省に約3年、官命でベルリンへ。取調べの報告書を次々に送る日々でした。約3年過ぎて25歳になった彼は、法律の条文より精神を、大学では法律より歴史文学を追うようになります(目印「今二十五歳になりて」)。母と官長が望んだ姿を、彼は「活きたる辭書(じしょ)」「活きたる法律」という言葉で振り返ります(目印「我母は余を活きたる辭書となさんとし」)。自分の心については、「わが心は、かの合歡(ねむ)といふ木の葉に似て、物觸(ふ)れば縮みて避けんとす」と書きました。触れると葉を閉じる合歓の木のような、臆病な心だという自己診断です。

教会の扉

ある夕暮れ、クロステル巷の古寺の扉で泣くエリスに出会います。父の葬儀費がなく、頼った座頭シャウムベルヒは「人の憂に附けこみて、身勝手なるいひ掛け」をしたといいます。本文はその内容を詳しくは書きません。豊太郎は寺の筋向かいの四階の屋根裏までついていき、銀貨では足りないので懐中時計を外して机に置きました。「これにて一時の急を凌ぎ玉へ」というのが彼のせりふです。本好きのエリスは、彼の貸す本で言葉づかいも正しくなっていきます(目印「師弟の交り」)。

書いたもの/本文に残らない言葉
書いたもの/本文に残らない言葉

免官と2通の手紙

舞姫との付き合いを告げ口され、彼は免官になります。公使の条件は、すぐ帰国すれば旅費は出す、残るなら公の助けはない、というものでした。一週間の猶豫のあいだに、母の自筆の1通と、親族からの母の死を知らせる1通が届きます。本文の「この二通は殆ど同時にいだしゝものなれど」は、ほぼ同じころに出された2通、という意味です。届いた時刻が同じだったとは書かれていません。この折に二人は「離れ難き中」になったと、豊太郎自身が記しています。

屋根裏の通信員

相澤が新聞社の通信員の仕事を作り、豊太郎はエリス親子の屋根裏に寄寓して収入を合わせます。昼は休息所で新聞を読み、夜はランプの下で原稿を書く日々。二人の皇帝の崩御と新帝即位の動乱も詳しく報じました(目印「維廉一世と佛得力三世との崩」)。「我學問は荒みぬ」と彼は言いますが、書く人としては活発な時間でした。

明治21年の冬と手紙

「明治廿一年の冬は來にけり」――本文で年が名指しされるのはここが初めてです。西暦に換算すると1888年です。エリスは舞台で倒れ、食べると吐くようになりました。「惡阻(つわり)」ではないかと最初に気づいたのは母でした。やがて医者も「常ならぬ身なり」と言います(目印「常ならぬ身なりといふ」)。鉄炉のそばの静かな日に、ベルリンに着いた相澤から、大臣が会いたがっているという手紙が届きます。出かける朝、エリスは彼の襟飾りを結びながら言いました。「縱令(たとえ)富貴になり玉ふ日はありとも、われをば見棄(みす)て玉はじ」――たとえ出世しても私を見捨てないで、という問いです。彼の返事は「何、富貴」と笑うだけでした。

ロシア

カイゼルホオフの食卓で相澤に忠告を受け、彼は「この情縁を斷たんと約しき」――エリスとの縁を断つと、相澤に約束します。一晩の翻訳で大臣に気に入られ、「隨ひて來べきか」と聞かれた答えは「いかで命に從はざらむ」でした。彼は後で、「其答の範圍を善くも量らず、直ちにうべなふことあり」と、答えの重さを量らずに即答する自分の仕組みを書いています。宮廷の灯りと雪原の汽車のあいだ、エリスからは日ごとに手紙が来ました。

帰着と襁褓

ロシアから戻ったのは新年の旦でした。駅での再会の後、屋根裏の机には「白き木綿」が広がり、エリスは産まれる子どもの襁褓(むつき、赤ちゃんの着物)を縫っていました(目印「机の上には白き木綿」)。「寺に入らん日」――結婚できる日が楽しみだと、彼女は晴れやかに言います。

承諾と倒れる夜

大臣が日本までの随行を持ちかけます。その場で大臣は、係累は「さることなし」と相澤から聞いて落ち着いたとも述べました。エリスの存在は、豊太郎の口からではなく、相澤経由で処理されていたのです。彼の答えは「承はり侍り」でした。その夜、彼は獸苑のそばの長椅子(榻)に「倒るゝ如くに」身を預け、気づくと「帽の庇(ひさし)、外套(がいとう)の肩には一寸許(いっすんばかり)も」雪が積もっていました。半夜すぎに戻り、襁褓を縫うエリスの前で倒れます。「人事を知る程になりしは數週の後」でした。

後から聞く出来事

倒れているあいだのことは、後で聞いた話として書かれます。エリスは相澤に会い、「余が相澤に與へし約束」――相澤への約束と、大臣への承諾を知りました(目印「彼は相澤に逢ひしとき」)。彼女の叫びとして残るのは、「我豐太郎(わがとよたろう)ぬし、かくまでに我をば欺き玉ひしか」の一言です。医者は当時の病名で、治癒の見込みがないと言いました。ダルドルフの施設へ入れようとしても、彼女は泣き叫んで病床を離れなかった、と書かれています。

船へ

帰国にあたり、彼は相澤と相談して、エリスの母に「生計を營むに足るほどの資本」を渡し、産まれる子のことも頼んでいきました。子のその後は本文に書かれていません。船室で手記を綴り始めるところまでが、本文の範囲です。

結末

※ここからは、物語の最後の一段まで書きます(ネタバレあり)。

最後の一段は、友への感謝と恨みの並立で閉じられます。

「嗚呼、相澤謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我腦裡(のうり)に一點の彼を憎むこゝろ今日までも殘(のこ)れりけり。」

現代のことばに換えると、「相澤のような良い友は、世の中にそう得られないだろう。それでも、頭の奥に一点、彼を憎む気持ちが今日までも残っている」です。「得がたかるべし」は「得るのが難しいだろう」という言葉で、「二度と得られない」という不可能までは言っていません。その上で、恨みは相澤に向けられます。豊太郎自身の約束と承諾が先にあったのに、なぜ恨みは友に向かうのか。次は、その順序を本文で数えます。

本文で数える:3つの「はい」と、白紙の1枚

3つの「はい」と、白紙の1枚(相手と本文の文)
3つの「はい」と、白紙の1枚(相手と本文の文)

数え方は、むずかしいものではありません。青空文庫の本文で、豊太郎が相手の求めに応じる場面を拾っていきます。ここで一つ、形の違いがあります。答えが「」のせりふとして書かれたものが2つ、せりふは書かれず地の文で報告される約束が1つです。「」の中だけを書き出しても、3つはそろいません。

  1. 相澤へ(地の文):せりふはなく、「姑(しばら)く友の言に從ひて、この情縁を斷たんと約しき」と地の文で報告されます。カイゼルホオフの忠告を受けて、エリスとの縁を断つと約束した相手は、相澤でした。
  2. 天方大臣へ(せりふ):「いかで命に從はざらむ」。「余は明旦、魯西亞に向ひて出發すべし。隨ひて來べきか、」への即答です。
  3. 天方大臣へ(せりふ):「『承はり侍り』と應へたるは」。日本まで随いて来いという誘いへの答えです。

そして、豊太郎がエリスに直接、別れや帰国を告げるせりふは、本文にありません。彼女が事情を知った経緯は、相澤に会って約束と承諾を知った、と後から聞いた話として書かれています。ここから言えるのは、この確認の範囲までです。作中の出来事として「一度も言わなかった」と断定することは、本文からはできません。

時間の帯で見る豊太郎の5年

豊太郎の年月を、時間の帯で見る
豊太郎の年月を、時間の帯で見る

年の計算は本文の中だけで合います。19歳で学士、省に「三とせばかり」、ベルリンで「三年ばかり」過ぎて「今二十五歳」。19+3+3=25です。その先、帰国時の年齢は本文に書かれていません。船の「五年前」は、往きのサイゴン寄港からの、彼の言い方として読むのが本文に沿います。年が名指しされるのは、「明治廿一年の冬」が初めてです。到着の年は、本文からは決められません。

舞台の場所

ベルリンの歩き(今の地図に置いた模式図)
ベルリンの歩き(今の地図に置いた模式図)

地名は本文の言い方で置きます。ウンテル・デン・リンデンの大道、ブランデンブルク門、獸苑(じゅうえん。今のティーアガルテンに当たるとされる言い方ですが、本文は「獸苑」とだけ書きます)、クロステル巷の古寺、モンビシユウ街三番地(豊太郎の元の僑居として、質屋への案内のせりふに出ます)、カイゼルホオフ(実在したホテルの名ですが、建物の現在についてはこの記事では言いません)。屋根裏の家は「寺の筋向ひ」の四階、という本文の書き方までです。模式図は今の地図に置いた大まかな位置で、作中の住所を実在の場所として案内するものではありません。

物語の枠は、ベルリンではなくサイゴンの船です。地理的にいちばん遠い場所から、彼はベルリンを振り返っています。

読み解きの問い

答えを一つに決めるための問いではありません。本文で量る文と一緒に置きます。

最後の恨みは、なぜ友に向かうのか

恨みの一行の直前には、約束(相澤へ)と二つの承諾(大臣へ)があり、倒れる夜と、後から聞く出来事があります。量る文は、「其答の範圍を善くも量らず、直ちにうべなふ」という彼自身の自己分析と、最後の一段の「良友は世にまた得がたかるべし」です。相澤の手際のよさを恨むのか、恨みをいちばん近い友に置かないと自分の三つの「はい」が見られないのか。どちらに重さを置くかで、最後の一行の聞こえ方が変わります。

「これには別に故あり」が2回出るわけ

冒頭、白紙の日記の理由として、この言葉が繰り返されます。「ニル・アドミラリイ(何にも感心しない気質)のせいか、いや、訳がある」「心変わりの自覚のせいか、いや、訳がある」。二度の言い換えと二度の打ち消しです。結末まで読んでから戻ると、この繰り返し自体が、言い切れない何かを抱えた語り手の姿に見えてきます。量る文は、冒頭の2段と、「いで、其概略を文に綴りて見む」です。

題名は、なぜ豊太郎ではなく「舞姫」なのか

本文で舞台の踊りそのものは、ほとんど描かれません。エリスは、稽古と給金と、座での地位によって書かれます(目印「晝の温習、夜の舞臺」)。踊りの形は本文に無く、この記事でも決めません。題名の「舞姫」が、働く人の暮らしとして書かれること。そのずれ自体が、この作品の読みどころの一つです。

よくある問い

豊太郎はエリスに別れを言ったの?

豊太郎がエリスに直接告げるせりふは、本文にありません。彼女は相澤から約束と承諾を知ったと、後で知ったこととして書かれています。作中の出来事として「言わなかった」とまで言い切ることは、本文からはできません。言えるのは、本文に残る言葉の相手と順序までです。

子どもはどうなったの?

本文は出産を書きません。帰国にあたり、母に生計の資本を渡し、胎内の子の出生時のことも頼み置いた、というところまでです(目印「生計を營むに足るほどの資本」)。その後は書かれていません。

相澤は悪人なの?

本文は、相澤を悪役として単純には書きません。免官の時には通信員の道を作り、「良友は世にまた得がたかるべし」と最後にも書かれます。「良友」と恨みが同じ一段に並ぶこと自体が、この作品の問いです。

「パラノイア」とは何ですか?

医者の言葉として本文に出る、当時の診断名です(目印「パラノイア」)。この記事では現在の病名に置き換える診断はしません。「過劇なる心勞にて急に起りし」もので、治癒の見込みがないと医者は言った、という本文の範囲で扱います。本文には「狂女」「癲狂院」などの当時の語も出ます。

懐中時計は、どういう意味を持ちますか?

本文の範囲では、葬儀費の足しとして、質に入れるために差し出された具体的な持ち物です(目印「これにて一時の急を凌ぎ玉へ」)。身分ある青年の持ち物だった当時の重さはありますが、象徴として一つの意味に決めることは、この記事ではしません。

作者本人の話なのですか?

この記事では『舞姫』を小説として読んでいます。豊太郎と作者を同一視する言い方はせず、作中の人物として、本文で確かめられる範囲だけを扱います。

原文への道案内

青空文庫の本文を開く。このページと動画の引用は、図書カードNo.682(旧字旧仮名)によるものです。

最初に読むなら、2か所をおすすめします。ひとつは冒頭の船室(「石炭をば早や積み果てつ」から「其概略を文に綴りて見む」まで)。白紙から手記へ、という枠を体験できます。もうひとつは最後の3段です。資本の手当てから、恨みの一行まで、声に出して読むと、文のリズムが見えてきます。

文語の句読は、「、」で息継ぎし、「。」で一呼吸置く、という追い方が合います。旧字に当たったら、まず音で読み、意味はこのページの「本文で数える」節の言い換えと照らしてください。読みやすい表記の版も青空文庫の中にありますが、引用の用字を確かめる時は、No.682の本文に戻るのが確実です。

ショート

出典

動画とこのページで使った事実・数字の出どころです。

参考にした文献

  1. 地図の下敷き:OpenStreetMap(© OpenStreetMap contributors)。今の街路に置いた大まかな位置の模式図で、作中の住所の案内ではありません。
  2. エリスの父の姓「ワイゲルト」は、本文カナの転写として Weigert と置いています(本文の戸の表書き「エルンスト、ワイゲルト」によります)。

リンク

  1. 森鴎外(本文の署名は「森鴎外」。作品中では「森鷗外」と表記しています)『舞姫』。青空文庫 図書カードNo.682(旧字旧仮名)。初出は『國民之友』明治23年1月(1890年)、第六巻六十九号附録。本文末尾の明記によります。aozora.gr.jp/cards/000129/files/682_15414.html
  2. aozora.gr.jp/cards/000129/card682.html
  3. openstreetmap.org/copyright

声・音・絵

  • 声:Irodori-TTS(合成音声)
  • BGM:「茶屋にて」MATSU/「縁側」siroimu/「百花繚乱」/「藁の記憶」(OpenTracks)
  • フォント:Shippori Mincho、IBM Plex Sans JP、M PLUS Rounded 1c(SIL Open Font License 1.1)

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