セロ弾きのゴーシュ(宮沢賢治)本当の先生は、だれ? |5分でわかる名作 #19
この話の要点
- 町の楽団でいちばん下手なセロ弾きゴーシュの小屋に、4晩続けて動物が来ます。
- アンコールで猫の夜と同じ「印度の虎狩」を弾くと、聴衆はしいんと聞き入ります。
- 楽長の小言の言葉が動物の夜に戻り、本当の先生はだれだったのかを問いかけます。
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解説
動画の流れ
結末を含みます。宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』のあらすじ(要約)と読みどころを、青空文庫の本文に沿ってたどります。動画では、4つの夜と音楽会を絵と声で見られます。
30秒で分かるあらすじ
町の楽団でいちばん下手なセロ弾きのゴーシュは、楽長に「演奏までもうあと十日しかない」と言われ、叱られてばかりいます。町はずれの水車小屋で夜通し練習する彼のもとへ、毎晩ちがう動物がたずねて来ます。三毛猫、かっこう、狸の子、野ねずみの親子。その多くは彼を「先生」と呼びます。ゴーシュは怒ったり笑ったりしながら、動物たちを相手にセロを弾きます。そして音楽会の晩、アンコールの舞台に押し出されたゴーシュの演奏を、聴衆はしいんとして一生けん命聞いていました。
登場人物
- ゴーシュ: 金星音楽団のセロ弾き。町の活動写真館(無声映画の頃の映画館。館の楽団が伴奏をつけていました)でセロを弾く係で、仲間の楽手の中ではいちばん下手です。町はずれの川ばたの、こわれた水車小屋に一人で住んでいます。
- 楽長: 楽団をまとめ、指揮をする人。音楽会を前に、ゴーシュの欠点を次々に言います。
- 三毛猫: 前にも五、六ぺん見たことのある大きな三毛猫。ゴーシュの畑のトマトを「おみや」に持って来ます。
- かっこう: 天井の穴から降りて来た灰いろの鳥。「音楽を教わりたい」と言います。
- 狸の子: 小太鼓の係。お父さんに、ゴーシュのところへ行って習えと言われて来ました。
- 野ねずみの親子: 病気の子をつれた母ねずみ。子どもは「けしごむのくらい」の小ささです。
「セロ」は、今でいうチェロのことです。ゴーシュのセロは、本文では「粗末な箱みたいな」楽器と書かれています。

写真:Georg Feitscher「Cello front side」(Wikimedia Commons、CC BY 3.0)
場面ごとのあらすじ
本文に章番号はありません。ここでは出来事の順に7つに分けます。
昼の練習:楽長の小言
楽団は、町の音楽会へ出す「第六交響曲」を楽屋で練習しています。楽長は何度も演奏を止め、ゴーシュを叱ります。「セロがおくれた」「糸が合わない」「ぼくはきみにドレミファを教えてまでいるひまはないんだがなあ」。そして「演奏までもうあと十日しかないんだよ」と言い、ゴーシュには「表情ということがまるでできてない。怒るも喜ぶも感情というものがさっぱり出ないんだ」とまで言います。みんなが休みに出たあと、ゴーシュは壁の方を向いて「ぼろぼろ泪をこぼし」ますが、気をとり直して、ひとりでもう一度弾きはじめます。
1晩目:三毛猫と「印度の虎狩」
その晩も水車小屋で弾いていると、三毛猫が半分熟したトマトを持って来て、「シューマンのトロメライをひいてごらんなさい」と言います。むしゃくしゃしていたゴーシュは、戸と窓をしめ、あかりを消し、はんけちを耳に詰めて、「印度の虎狩」という譜を「嵐のような勢」で弾きます。猫は眼や額から火花を出し、扉に体をぶつけ、ゴーシュのまわりを風車のように回ります。最後にゴーシュはマッチを猫の舌ですって、戸をあけて逃がします。
先生もうたくさんです。たくさんですよ。ご生ですからやめてください。(1晩目・三毛猫)
2晩目:かっこうとドレミファ
次の晩は、天井の穴からかっこうが降りて来て、「音楽を教わりたいのです」と言います。かっこうは「ドレミファを正確にやりたいんです」「外国へ行く前にぜひ一度いるんです」と頼み、二人は夜明けまで「かっこうかっこう」と続けます。弾いているうちに、ゴーシュは「鳥の方がほんとうのドレミファにはまっているかな」という気がしてきます。けれど急にやめて、かっこうを追い払おうとどなります。驚いたかっこうは窓へ飛んでガラスにぶつかり、嘴のつけねから血を出します。ゴーシュは思わず窓を蹴り、窓はわくのまま外へ落ち、かっこうはどこまでもまっすぐ飛んで見えなくなります。
えいこんなばかなことしていたらおれは鳥になってしまうんじゃないか。(2晩目・ゴーシュ)
3晩目:狸の子と「二番目の糸」
次の晩は狸の子です。ゴーシュは「狸汁ということを知っているかっ」と脅しますが、狸の子は知らないと言い、お父さんに「ゴーシュさんはとてもいい人でこわくないから行って習え」と言われたと話します。狸の子は小太鼓の係で、棒きれ二本でセロの駒の下を叩きながら「愉快な馬車屋」に合わせます。弾き終わると、狸の子はこう言います。
ゴーシュさんはこの二番目の糸をひくときはきたいに遅れるねえ。(3晩目・狸の子)
「きたいに」は「奇体に」、つまり「ふしぎと」という意味です。ゴーシュは「はっと」します。その糸の遅れは、「ゆうべから」ゴーシュも感じていたのでした。この夜のゴーシュは怒鳴らず、「このセロは悪いんだよ」と悲しそうに言います。狸の子は夜明けに急いで帰り、ゴーシュは「ゆうべのこわれたガラス」から入る風を吸います。
4晩目:野ねずみの親子
次の晩は、野ねずみのお母さんが病気の子をつれて来て、青い栗を一粒置き、「先生」に治してほしいと頼みます。母ねずみによると、このあたりの動物は病気になると、ゴーシュの家の床下に入って治すのだそうです。兎のおばあさんも、狸のお父さんも、みみずくまで治ったと言います。ゴーシュは子ねずみをつまんでセロの孔から中に入れ、「何とかラプソディ」を弾きます。出てきた子は震えたあと、元気に走り出します。ゴーシュは「何がなかあいそうになって」、戸棚のパンを一つまみ分けてやります。
ここらのものは病気になるとみんな先生のおうちの床下にはいって療すのでございます。(4晩目・野ねずみのお母さん)
音楽会の晩
「それから六日目の晩」、楽団は町の公会堂で第六交響曲を首尾よく仕上げます。アンコールを頼まれた楽長は、ゴーシュに行けと言い、ゴーシュは舞台へ押し出されます。「どこまでひとをばかにするんだ」と思ったゴーシュは、すっかり落ちついて、猫の来た晩と同じ「印度の虎狩」を「怒った象のような勢」で弾きます。
結末(ネタバレの断り)
ここから先は物語の最後まで書きます。
アンコールの演奏を、聴衆は「しいんとなって一生けん命聞いて」います。本文は、曲が猫の晩の場面を通り過ぎていく様子をこう書きます。
猫が切ながってぱちぱち火花を出したところも過ぎました。扉へからだを何べんもぶっつけた所も過ぎました。(音楽会の晩)
楽屋へ逃げ込むと、楽長が立って「よかったぞお」と言います。
十日前とくらべたらまるで赤ん坊と兵隊だ。やろうと思えばいつでもやれたんじゃないか、君。(音楽会の晩・楽長)
「赤ん坊と兵隊」は、それほど違う、見違えるほどうまくなった、というほめ言葉です。楽長は、ゴーシュの4つの夜のことを知りません(本文に、楽長がそれを知る場面はありません)。
その晩遅く、ゴーシュは家に帰って水を飲み、窓をあけて、「いつかかっこうの飛んで行ったと思った遠くのそら」をながめながら言います。
ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。おれは怒ったんじゃなかったんだ。(その晩・ゴーシュ)
物語は、この一言で終わります。
読み解きの問い
楽長の小言の言葉は、どの夜にもう一度出てくる?
本文の中で数えると、楽長の小言の言葉が、動物の夜に同じ形で出てきます(ルビを除いて数えました)。
| 言葉 | 昼の練習(楽長) | 動物の夜 | 本文の中の合計 |
|---|---|---|---|
| ドレミファ | 1回 | かっこうの夜に7回 | 8回 |
| おくれ/遅れ | 1回(セロがおくれた) | 狸の子の夜に1回(きたいに遅れる) | 2回 |
| 「怒」の字 | 1回(怒るも喜ぶも) | 猫の夜に1回(お怒りに) | 4回 |
漢字の「怒」は、本文の中で4回出てきます。楽長の「怒るも喜ぶも」、猫の「そうお怒りになっちゃ」、音楽会の「怒った象のような勢」、そして最後の「おれは怒ったんじゃなかったんだ」です。これは字の数で、ほかに、かっこうの夜にひらがなの「おこってしまって」が1回あります。
また、動物たちのせりふの中の「先生」は、本文の中で13回です(猫が5回、かっこうが1回、野ねずみが7回)。狸の子だけは「ゴーシュさん」と呼びます。
同じ言葉が戻ってくることから、動物たちがゴーシュに教えていた、とも読めます。けれど本文は「習った」とも「教えた」とも書いていません。習いに来たのは動物たちで、言葉を受け取ったのはゴーシュです。本当の先生は、動物たちでしょうか、楽長でしょうか、それともゴーシュ自身でしょうか。
アンコールで「印度の虎狩」を選んだのはなぜ?
本文でゴーシュは、ばかにされていると思い「よし見ていろ。印度の虎狩をひいてやるから」と言います。猫を追い払うために弾いた曲を、ここでも選んだとも読めます。ところが、聴衆は笑わずに聞き入ります。同じ曲が、猫の夜とはまったく違う受け取られ方をしたのです。
なぜ、かっこうにだけあやまったのか?
答えは本文に書かれていません。猫にもマッチの仕打ちをしていますが、ゴーシュがあやまるのはかっこうだけです。「怒るも喜ぶも感情というものがさっぱり出ない」と言われた人が、窓を蹴り破った夜のことを「怒ったんじゃなかった」と言います。では、あの夜の気持ちは何だったのか。かっこうの夜を読み返すと、考える手がかりが見つかるかもしれません。
よくある問い
ゴーシュの楽団は何を演奏していた?
町の音楽会へ出す「第六交響曲」です。本文は作曲者を書いていません。
動物たちは何匹来た?
4晩続けて、三毛猫、かっこう、狸の子、野ねずみの親子が来ました。野ねずみは親子2匹で来ます。
アンコールで弾いた曲は?
「印度の虎狩」です。1晩目に、猫の前で弾いた曲と同じです。
猫が頼んだ「トロメライ」とは?
本文で猫が言う曲名で、「シューマンの」「ロマチックシューマン作曲」とあります。シューマンの「トロイメライ」のことと思われますが、本文は正しい曲名を書いていません。
結末で、ゴーシュはだれに何と言った?
かっこうに「ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。おれは怒ったんじゃなかったんだ。」と言いました。
原文への道案内
『セロ弾きのゴーシュ』は、著作権の切れた作品を無料で読める電子図書館「青空文庫」で読めます。
4つの夜は、それぞれ次の書き出しの段落から始まります。
- 1晩目(三毛猫): 「そのとき誰かうしろの扉をとんとんと叩くものがありました。」
- 2晩目(かっこう): 「次の晩もゴーシュがまた黒いセロの包みをかついで帰ってきました。」
- 3晩目(狸の子): 「次の晩もゴーシュは夜中すぎまでセロを弾いてつかれて水を一杯のんでいますと」
- 4晩目(野ねずみ): 「次の晩もゴーシュは夜通しセロを弾いて明方近く思わずつかれて」
楽長の小言の「ドレミファ」「おくれた」が、どの夜のどのせりふに出てくるか、探しながら読んでみてください。
出典:宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』(青空文庫。底本「新編 銀河鉄道の夜」新潮文庫、新潮社)
出典
動画とこのページで使った事実・数字の出どころです。
- 青空文庫aozora.gr.jp/cards/000081/files/470_15407.html
- 青空文庫 図書カード No.470aozora.gr.jp/cards/000081/card470.html
声・音・絵
- 声:Irodori-TTS(タメラボ選定の声)
- Music (OpenTracks): “茶屋にて” by MATSU、“縁側” by siroimu、“百花繚乱”、“藁の記憶”、“いつもの風景” by KK
- 効果音:Freesound(CC0)、Kenney(CC0)
- 絵:この回のために生成した水彩風イラスト
