鼻(芥川龍之介)短くしたのに、なぜ笑われる? |5分でわかる名作 #18
この話の要点
- 長い鼻に悩む僧・禅智内供が、弟子の勧めで鼻を短くする療治を試します。
- 短くなったのに笑いが露骨になり、怒りの果てに一夜で長い鼻が戻ります。
- 短くなった時と同じ安心の言葉が戻る結末は、この安心が続くかを問いかけます。
ほかの言い方鼻 あらすじ 芥川龍之介鼻 結末禅智内供傍観者の利己主義
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解説
動画の流れ
結末を含みます。芥川龍之介『鼻』のあらすじ(要約)と読みどころを、原文に沿ってたどります。
30秒で分かるあらすじ
長い鼻に悩む僧、禅智内供。食事では弟子に板で鼻を持ち上げてもらいますが、何よりつらいのは自尊心が傷つくことでした。ある秋、弟子が聞いてきた方法で鼻を短くすると、内供は喜びます。ところが周囲は以前よりも露骨に笑い、内供は不機嫌になっていきます。語り手が示すのは、他人の不幸に同情しながら、その人が不幸を抜け出すと物足りなくなる心です。やがて鼻は元の長さに戻り、内供は再び晴れやかな気持ちになります。なぜ、逆の変化が同じ安心をもたらすのでしょうか。
登場人物と、鼻をめぐる関係
- 禅智内供(ぜんちないぐ): 池の尾の寺にいる、50歳を越えた僧です。「内供」は僧の役職を表す呼び名で、姓や名ではありません。顎の下まで垂れる長い鼻に悩み、気にしていると知られることも嫌がっています。
- 弟子: 内供の食事の時に板で鼻を支える僧です。京で知り合いの医者から鼻を短くする方法を聞き、内供に勧めて療治をします。個人名は本文にありません。
- 中童子(ちゅうどうじ): 寺で働く少年です。食事の介助を代わった時にくしゃみをし、鼻をお粥に落としたという噂があります。後半では内供をからかいます。弟子とは別の人物です。
- 侍: 用事で寺を訪れた武士です。短くなった鼻を、話よりも見つめていました。
- 下法師(しもほうし): 寺の下役の僧たちです。内供の面前では慎みますが、背を向けると笑います。
あらすじを場面ごとに読む
『鼻』に章番号はありません。ここでは出来事の順に五つに分けて紹介します。
1. 長い鼻より、気にしていると知られるのがつらい
禅智内供の鼻は、上唇から顎の下まで垂れ、太さがほぼ同じでした。食事の時は、向かいに座る弟子が細い木の板で鼻を持ち上げます。それでも内供をいちばん苦しめていたのは、食事の不便ではありません。本文が示す主な苦痛は、傷ついた自尊心です。鼻を気にしていると人に知られることも、内供は嫌がっていました。
2. 鏡にも、人にも、書物にも救いを探す
一人になると内供は手鏡を取り出し、角度を工夫して鼻が短く見えないかと試します。満足できず、鏡を箱にしまって経机(きょうづくえ)の前に戻ります。次に、自分に似た鼻の人を他人の中に探します。書物の中にも探し、民間の方法も試しますが、鼻は変わりません。何もしなかったのではなく、安心できる手がかりを探し続けていたのです。
3. 弟子の勧めと、奇妙な鼻の療治
ある年の秋、京へ行った弟子が、知り合いの医者から聞いた方法を持ち帰ります。その医者は中国から渡って来て、当時長楽寺の供僧になっていました。内供は気にしていないふりをし、弟子の手間を思うような言葉で遠回しに断ります。本当は弟子に勧めてほしいのでした。弟子が勧めると、内供は受け入れます。
療治の順は、湯の中へ鼻を入れる、踏む、毛穴から脂を抜く、もう一度湯へ入れる、です。本文では、内供は熱さも痛みも感じていません。自分の鼻を物のように扱われることには不満そうでしたが、終わると鼻は普通の鍵鼻に近く、ずっと短くなっていました。
弟子が差し出す鏡を、内供はおずおずと見ます。短い鼻に満足しながらも、再び長くなることを心配して触れて確かめます。翌朝も短いままだと分かると、のびのびした気持ちになりました。この時、内供は心の中で思います。
こうなれば、もう誰も哂うものはないにちがいない。
「哂う」は「わらう」と読みます。この言葉は結末で、もう一度現れます。
4. 短くなった鼻と、露骨になった笑い
ところが二、三日たつうちに、様子が変わります。用事で訪れた侍は話よりも鼻を見ていました。講堂の外では中童子が吹き出します。下法師たちは、面前では慎みながら、内供が背を向けると笑いました。
以前にも笑いはなかったわけではありません。けれど内供には、今の笑いの方が露骨に感じられます。本文は、笑った人数や回数が増えたとは数えていません。内供は「前にはあのようにつけつけとは哂わなんだ」と思うのでした。
ここで語り手が、人の心について語ります。他人の不幸には同情できても、その人が不幸を抜け出すと物足りなくなり、消極的ながら敵意を抱く心があるというのです。語り手はこれを「傍観者の利己主義」と呼びます。内供自身は、理由をはっきり言葉にできていません。
5. 内供の怒りと、眠れない夜
内供は日ごとに不機嫌になり、周囲を叱るようになります。ある日、中童子が、鼻を持ち上げた木を持って犬を追い、鼻を打たれないようにとはやします。内供は木を奪い、その木で中童子の顔を打ちました。食事を支えた道具が、人を打つ道具になったのです。なお、犬の鼻を実際に打ったとは書かれていません。
その夜、内供は風鐸(ふうたく)の音と寒さで眠れず、鼻のむず痒さと腫れを感じます。風鐸は、軒などに吊るして風で鳴る金属の鈴です。
結末:長い鼻に戻った朝
翌朝、庭には銀杏や橡(とち)の葉が落ち、薄い朝日が差していました。内供が鼻に手をやると、鼻は一夜で元の長さに戻っていたのです。内供は、短くなった時と同じように晴れやかになり、同じ言葉を心で思います。
こうなれば、もう誰も哂うものはないにちがいない。

物語はここで終わります。その後に周囲の人がどうしたかは書かれていません。人々が反省したとも、仲直りしたとも、内供が外見へのこだわりを超えたとも書かれていません。鼻が戻った原因も、本文では説明されません。

読みどころ:同じ安心の言葉が二度出る
出来事として確かめられることと、読み手が考えることを分けておきます。
- 食事の不便と自尊心は、別の苦しみです。本文は主な苦痛を自尊心としています。だから内供は、鼻そのものだけでなく、気にしていると知られることにも傷ついていました。
- 「傍観者の利己主義」は、語り手が示す見立てです。内供本人が悟って語った言葉ではありません。現代の心理学の実験結果として読むのではなく、この物語の語り手が人の心をどう見たかとして読むのが原文に沿います。
- 鼻を支えた板は、後半で中童子を打つ木として再び現れます。笑われる痛みが怒りになり、内供も他人を傷つける側に回る流れが、道具の再登場で見えます。
- 内供が求めていたのは、短い鼻だけだったのでしょうか。短くなった時も、長く戻った時も、同じ安心の言葉が現れます。逆の変化で同じ言葉が出ることから、内供がほしかったのは「笑われずに済む安心」だったのではないか、とも読めます。ただし、これは一つの読み方で、唯一の正解や作者の本心と断定できるものではありません。この安心は続くのか。それは原文が読み手に残した問いです。
よくある問い
内供は、なぜ鼻を短くしたかったのですか?
食事の不便もありますが、原文は主な理由を傷ついた自尊心としています。鼻を気にしていると知られることも嫌がっていました。
傍観者の利己主義とは何ですか?
語り手が示す心の動きです。他人の不幸に同情しながら、その人が不幸を抜け出すと物足りなくなり、消極的ながら敵意を抱く心を指します。現代のすべての人への診断として書かれた言葉ではありません。
「内供」は名前ですか?
本文では、内道場供奉の職に上った僧として書かれます。「禅智内供」は呼び名として扱い、「内供」は僧の役職名と説明するのが原文に沿います。
弟子と中童子は同じ人物ですか?
別の役として書かれています。弟子は食事を助け、療治をします。中童子は寺で働く少年で、食事の介助を代わったことがあり、後に内供をからかいます。
最後は、誰も笑わなくなったのですか?
そこまでは書かれていません。内供がそう思うところで物語は終わります。
鼻が元に戻った原因は何ですか?
夜の痒みと腫れの後、一夜で戻ります。仕組みや原因は本文で説明されません。
原文への道案内
原文は青空文庫で無料で読めます。
読み比べの入口は、二つの同じ言葉です。本文の中で「こうなれば、もう誰も」を探すと、短くなった時の箇所と、結末の箇所の両方が見つかります。短くなった時の箇所は、「鼻は――あの顋の下まで」で始まる段落の先にあります。結末では、末尾の「――こうなれば、もう誰も」の心の声と、その直後の最終段落を読んでみてください。
英語で読みたい方は、Project Gutenberg の Glenn W. Shaw 訳 “The Nose” があります(原刊1930年、同サイトでは米国でパブリックドメインと表示されています)。
初出は「新思潮」1916年2月です。これは作品が発表された年で、物語の中の出来事の年ではありません。青空文庫本文の末尾には、入力・校正にあたった方々の情報もあります。
出典
動画とこのページで使った事実・数字の出どころです。
- 青空文庫aozora.gr.jp/cards/000879/files/42_15228.html
- 青空文庫 図書カード No.42aozora.gr.jp/cards/000879/card42.html
- Project Gutenberg: Tales grotesque and curiousgutenberg.org/ebooks/78105
声・音・絵
- 声:Irodori-TTS(タメラボ選定の声)
- Music (OpenTracks): “茶屋にて” by MATSU、“縁側” by siroimu、“百花繚乱”、“藁の記憶”、“小さな世界” by ioni
- 絵:この回のために生成した水彩風イラスト
