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うごく統計#02

150年前、人口1位の県はどこ?合体と分裂の都道府県レース 1872→2025|うごく統計 #02

答え

  1. 明治のはじめは77の区分でしたが、1871年の廃藩置県と1876年の大合併をへて、今の47になりました。
  2. 合併でいったん消えた県の一部は、その後の分裂で戻ってきました。
  3. 1903年には47を28に減らす法律案も用意されましたが、議会に出されずに終わりました。

動画

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解説

150年ほど前、明治のはじめの日本の人口の表には、77の区分がありました。それが合体と分裂をくり返して、今の47になるまで。そこから2025年の国勢調査まで、47の人口レースを走ります。

区分の数は、どう変わった?

「区分」は動画の棒の数です。1872年の77には、3府・72県のほか、北海道(開拓使)と琉球も含みます。

日付区分の数動画で見せた出来事
1872年3月8日77人口レースの出発点
1876年4月18日54春の合併で64から54へ
1876年8月21日40夏の合併でさらに減る
1883年5月9日47富山・佐賀・宮崎が戻る。この時期の北海道は3県
1886年1月26日45北海道の3県をまとめ、北海道庁に
1887年11月4日46奈良県が大阪府から戻る
1888年12月3日47香川県が愛媛県から戻る

1876年夏の40に、戻った8県(徳島・福井・鳥取・富山・佐賀・宮崎・奈良・香川)を足し、堺県が大阪府に入った分を引くと、40+8−1=47。北海道の1→3→1は、差し引きゼロです。県の境には、その後も変更がありました。

明治の首位を比べる

人口は当時の区分の値です。同じ県名でも、今と同じ範囲とは限りません。「約」は概算です。

日付1位の区分と人口2位の区分と人口数字の扱い
1872年3月8日広島県 917,788人東京府 859,345人統計
1872年12月27日愛知県 約121.6万人広島県 約92.5万人合併当日の概算
1873年2月20日名東県 約132.1万人愛知県 約121.6万人合併当日の概算
1873年6月10日新潟県 約134.7万人名東県 約132.5万人合併当日の概算
1876年8月21日石川県 約175万人新潟県 約147万人推計
1881年2月7日大阪府 約159万人新潟県 約154万人推計による順位の見立て
1884年1月1日大阪府 1,653,157人新潟県 1,589,304人統計
1887年11月4日新潟県 約165万人愛媛県 約155万人分立当日の概算

動画の薄い青の背景は、1876〜1883年の推計の区間です。住んでいる人の数の統計がないため、前後の統計から棒の長さを見積もっています。1881〜1883年の大阪府の首位はこの推計での見立てです。戸籍が置かれた土地で数える「本籍人口」では、1882年・1883年1月1日は新潟県がわずかに上でした。棒の中を今の県で分けた区切りも推計です。この回に未来の予測はありません。

47の人口レースの節目

人口は人単位。東京府と東京都、北海道庁と北海道は、それぞれ動画の時代の名前で書いています。

統計の日付動画で比べる人口・順位(抜粋)
1888年12月31日北海道庁 347,950人(47位)
1892年12月31日東京府 1,519,583人(3位)
1893年12月31日東京府 1,790,731人(1位)/新潟県 1,713,384人(2位)
1920年10月1日北海道庁 2,359,183人(3位)
1940年10月1日東京府 7,354,971人(1位)
1945年11月1日北海道庁 3,518,389人(1位)/東京都 3,488,284人(2位)
1946年4月26日東京都 4,183,072人(1位)/北海道庁 3,488,013人(2位)
2005年10月1日大阪府 8,817,166人 > 神奈川県 8,791,597人
2010年10月1日神奈川県 9,048,331人 > 大阪府 8,865,245人
2025年10月1日東京都 14,236,627人(1位、2020年比+1.3%)

1893年4月1日に神奈川県から東京府へ移った多摩の人口は、約23万人という推計です。その日の首位も推計なので、表では統計で確かめられる1892年末と1893年末を比べています。

1920年には国勢調査が始まり、戸籍をもとにした人口統計から数え方が変わります。1940年の調査は戦地の兵士なども家の住所で数え、1945年の調査は部隊の中の人などを数えていません。東京の1940→1945年の変化は−52.6%ですが、調査の対象にも違いがあります。1945年の沖縄は調査対象外で、人口ゼロという意味ではありません。

この回で分かる事

  • 1876年夏の40区分に8県が戻り、堺県の大阪府への合併を引いて、1888年12月に47がそろいました。
  • 人口の順位は県の合体・分裂や土地の移し替えでも変わり、1945年11月の調査では北海道が首位でした。
  • 2020年から2025年に人口が増えたのは東京都だけで、ほかの46道府県は減りました。

ショート

出典

動画とこのページで使った事実・数字の出どころです。

  1. Wikipedia「過去の都道府県の人口一覧」(人口表の転記元。元の統計は内務省『人口動態ニ関スル統計材料』(1872〜1876年)、内閣統計局『日本帝国人口静態統計』(1884〜1918年)、総務省統計局の国勢調査・人口調査(1920年以降)。2026年10月9日取得)ja.wikipedia.org/wiki/過去の都道府県の人口一覧
  2. 総務省統計局(『令和7年国勢調査 人口等基本集計 結果の概要』表Ⅰ-2-1。2025年の確定値、2026年9月29日公表。取得日未記録)stat.go.jp/data/kokusei/2025/kekka/pdf/outline_01.…
  3. 国立公文書館(「最後の殿様―廃藩置県から府県制へ―」。府県の整理と、その後の境の変更について。掲載年・取得日未記録)archives.go.jp/exhibition/jousetsu_03_02.html
  4. 早稲田大学リポジトリ(袁甲幸「府県の定着と『国郡制』」『早稲田大学大学院文学研究科紀要』66輯(2021年)、p.861。県を戻す要求の背景について。取得日未記録。戻った8県の内訳と1876年夏の40区分は、大内雅人「福島県域の成立と会津若松分県問題」『学習院史学』41号(2003年)、p.70の企画書中の引用によります(配布URL・取得日未記録))waseda.repo.nii.ac.jp/record/60465/files/BungakuKenkyukaKiyo_…
  5. 総務省統計局(『国勢調査100年のあゆみ』第一部(2020年)。1920年の国勢調査開始と、それまでの戸籍をもとにした数え方について。取得日未記録)stat.go.jp/data/kokusei/2020/ayumi/pdf/ayumi01.pdf
  6. 総務省統計局(国勢調査の調査方法の説明(2005年調査の資料)。1940年・1945年の調査対象の違いについて。取得日未記録)stat.go.jp/data/kokusei/2005/nihon/pdf/02-02.pdf
  7. 総務省「地方制度の歴史」soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/bunken/histor…
  8. rekishikan-ibk.jp/cms/wp-content/uploads/2022/03/notice11…
  9. web.pref.hyogo.lg.jp/kk32/pa13_000000013.html
  10. pref.toyama.jp/documents/13519/h25tokubetsukikaku.pdf
  11. coc.lib.shimane-u.ac.jp/files/attach/1/1413/HLMC002-02.pdf
  12. laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000067
  13. kotobank.jp/word/廃藩置県-113940
  14. pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/41456.pdf
  15. jstage.jst.go.jp/article/jrsi/2/0/2_19/_pdf/-char/ja
  16. pref.okinawa.jp/toukeika/pc/2025/R07gaiyou_k.pdf
  17. kaitaku.or.jp/assets/pdf/about/immigration.pdf
  18. seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/seisakukikaku/honbun2
  19. gikai.pref.hokkaido.lg.jp/gaiyou/ayumi/ayumi.html

声・音・絵

  • 音楽: OpenTracks(かずち「Sunrise」「TALK and WALK」/こばっと「元気いっぱい!」/Kyaai「感動をあなたに」)

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